先日の2月16日は日蓮聖人がお生まれになって800年という大切な節目の日でした。
この1年は各所で団参が組まれ、たくさんの法要が営まれる予定でしたが、コロナでほぼキャンセル
それでも、お生まれになった場所にある大本山誕生寺様では、当日、感染症対策を施して大きな法要が営まれ、その様子がYouTubeで中継されました
Zoomというソフトでオンラインで法要に参加することもできたようです。私は法務で参加できなかったんですが
”コロナのお陰で”、ネット社会が一段と普及し、世界中の誰もがバーチャルではありますがリアルタイムで法要に参加できるようになったことは本当にすごいことだと思います
私は今回もまた一人、続く天変地異と疫病と世界的な政治的混乱と...日蓮聖人はどのように見守っておられるのだろうなぁ、何と仰っているんだろうなぁ・・・と大立寺の日蓮聖人のお像を仰ぎ見ながら、本堂で「御降誕会」を営んでおりました。

この1年は各所で団参が組まれ、たくさんの法要が営まれる予定でしたが、コロナでほぼキャンセル

それでも、お生まれになった場所にある大本山誕生寺様では、当日、感染症対策を施して大きな法要が営まれ、その様子がYouTubeで中継されました


”コロナのお陰で”、ネット社会が一段と普及し、世界中の誰もがバーチャルではありますがリアルタイムで法要に参加できるようになったことは本当にすごいことだと思います

私は今回もまた一人、続く天変地異と疫病と世界的な政治的混乱と...日蓮聖人はどのように見守っておられるのだろうなぁ、何と仰っているんだろうなぁ・・・と大立寺の日蓮聖人のお像を仰ぎ見ながら、本堂で「御降誕会」を営んでおりました。

いただいた暦を見ますと、旧暦では2月16日は、3月28日だそうですので、その日に忘れずにお参りしようと思った次第です。
もっとも、先日参拝の折、前後しましてお祖師さまの像を、妙傳寺様や宝塔寺様で(御降誕会が近いことを、その時は忘れながらも)拝んでおりましたが。
ところで、お祖師様の像を拝みますと、まずその風格ある容貌が印象に残ります。そこから想うのは、承久の変(乱)の翌年(八ヶ月後に)お生まれになったお祖師様は、後鳥羽院や御所と何かつながりのある方ではなかったか?と、いうことです。
これは、何の根拠もない感慨ですが、ことさらに漁師の子であると公表されていたこと、仏教の厚い帰依者であった帝(後鳥羽院)をなぜ御仏は敗れさせ給うたのか?という深刻な疑問を抱えられていたこと、京都での布教に遷化の時までこだわられたこと等に、自分は、お祖師様の御両親は実は、素性を隠して密かに京都から安房に(恐らくは海路で)来られた方(後鳥羽院の身近にあった方)ではないのか?と、想像しています。
いや、たしか聖人の絵詞に、それとなく記述されていたような覚えがするのですが。
ともあれ、暦を拝見した後で国立天文台のサイトを見ますと、承久4年2月16日は、ユリウス暦1222年3月30日、グレゴリオ暦で4月6日にあたり、桜の頃だったと知りました。
ふと、その時、正確には今年はご生誕799年ではないのか?と、つまらぬことが頭をかすめたのですが、お母様の胎内に宿られた時から数えれば800年かと、思い直した次第です。今年で数えで800歳にあたられるのですものね。
以上、愚見をくだくだ申し述べ、お許し下さい!
またお参りさせていただく折を、心待ちにしておりますので、宜しくお願い申し上げます。